はじめに
実家の片付けにようやく一区切りがついたきっかけは、姉が売却に向けて急に積極的になったことでした。
水道光熱費等の引落し用の口座残高(父の財産)が減ってきて、少し心配になってきた頃です。
邪推かもしれませんが、甥(姉の息子)の大学進学などもあり、お金が必要だったのかもしれません。
私ひとりでは到底終えられなかった片付け作業も、売却というイベントにより一気に進むことになりました。
その動きとは裏腹に、私はというと、地道な家の手入れをするうちに「なんとかこの家を維持できないだろうか」という気持ちが芽生え始めてもいたのでした。
感情の整理に時間がかかる
合理的には「もう売った方がいい」と頭では理解していても、心がついていかない。
はじめは「誰かの暮らしがあった空間を手放すこと」への戸惑いとの闘いだった。
古びた家具、庭に実る柚子、雨戸の閉まった部屋――
そのすべてを「ときめかないから」という言葉でくくることは出来ない。
(→片付けの魔法が効かない遺品整理 はこちら)
心がついてこないまま話が進む
売却が具体的に動き始め、姉や兄もようやく片付けに参戦するようになった。
これまで孤軍奮闘で全く進まなかったが、姉が不用品買取に随分と持って行ってくれた。
不用品買取による収入と不用品引取費用の支出…、
細かい話だが、そういった入出金の収支報告なども、きっちりしておくことをおすすめする。
ほんの数千円のことでも、小さな不信感の積み重ねが兄弟間の不和に繋がる。
片付け業者に依頼して最終の作業を終えたのは、ちょうど私が海外に渡航していた時期だった。
なぜそんな大事なときに渡航中?と思われるかもしれないが、
実は売却にそんなに時間がかかったこと自体が想定外だったのだ。
詳しい状況説明は別の機会に譲るが、
お隣の土地と境界線の問題があることが判明し、予定通りに売却が進まなかったのだ。
そんなわけでようやく買い手が見つかり、引き渡しの準備が整った頃、私はその場にいなかった。
片付け業者による最終的な家財の撤去も、現場には立ち会えなかったし、
がらんとした実家を見ることも、最後の鍵を閉めることもなかった。
あれほど時間をかけて向き合ってきたはずなのに・・・。
終わりに立ち会えなかったことへの虚しさは、後からじわじわとやってきた。
気持ちとしては、まだ家と向き合い続けていた。
週に何度か通い、庭に水を撒き、風を通し、朽ちていくのをなんとか防ごうとしていた。
そんな時間の中で、むしろ「残したい」という気持ちが強くなっていたのかもしれない。
ただ、現実は違った。家は放っておけばすぐに傷むし、空き家のままでは地域にも迷惑をかける。
何より、固定資産税や維持管理の負担は、年単位で見れば大きい。
手放すことが正しい選択であるというのは、理解していた。
それでも「今はまだ」と先送りにしたくなる気持ちもあった。
売却とは、ただの経済的判断ではない。
家に染み込んだ記憶と、もう戻らない日々との別れなのだ。
おわりに
「もう人が住まない家」と「親の思い出が詰まった家」。
そのあいだで揺れる気持ちは、割り切れるようでいて、なかなか整理がつかないものです。
もしも売却に向けて動き出すことがあれば、
感情の整理と現実的な判断の両方が必要になるということを、早めに知っておくと良いかもしれません。
実家の売却は、家だけでなく、そこで過ごした時間と向き合う作業でもあるのだと思います。