実家はいつまで残しておくべき?──感情と責任のはざまでの判断

目次

はじめに

親が亡くなったあと、空き家となった実家をどうすべきか。
「すぐに手放すのは気が引ける」「兄弟と気持ちが揃わない」――
こうした悩みは、感情と現実の間で揺れる多くの人に共通しています。

私自身も、兄弟の言葉をきっかけに動き出すまでは、
「何とかこの家を維持できないだろうか」と考えていました。
しかし現実には、住まない家はみるみるうちに傷み、
管理や維持の手間、経済的・精神的な負担が積み重なっていくものです。

この記事では、実家を手放すか残すかという判断に迫られたとき、
感情・法律・お金・家族関係といった複数の視点から
どのように考えていけばよいのかを掘り下げていきます。

空き家が引き起こす現実的なリスク

老朽化、固定資産税、近隣トラブル

人が住まなくなった家は、驚くほど早く劣化が進む。
通気がなくなり湿気がこもり、外壁や屋根もメンテナンスされずに傷んでいく。
台風や地震の被害にも脆弱で、誰も気づかず被害が広がることもある。

固定資産税の負担は毎年続く。さらに、雑草が伸び放題になれば、
景観や衛生の面から近隣とのトラブルの原因にもなりかねない。
「誰のせいでもないけれど、迷惑にはなる」――それが空き家の現実だ。

特定空家に指定されたら?

一定の条件を満たした空き家は、「特定空家」として自治体に指定されることがある。
この指定を受けると、固定資産税の軽減措置が外れ、税負担が急増する。
場合によっては行政指導、最終的には強制撤去という事態にもつながる。

「何となく残している」だけでは、思わぬ責任を負う可能性があるのだ。

実家は“捨てられない不動産”という現実

不動産の処分にはコストがかかる

家電や家具は「捨てる」ことで片がつくが、不動産はそうはいかない。
法律上、単に「所有権を放棄したい」と言っても、国や自治体が引き取ってくれるわけではない。(近年「相続土地国庫帰属制度」が施行されたが、これは国がタダで引き取ってくれる制度ではなく、建物の解体に加え審査と費用がかかる「条件付きの引き取り制度」だ)

売却、贈与、相続放棄といった“他者に引き継ぐ形”でなければ手放すことはできない。
そしてそれができない場合は、管理・維持・税負担の責任だけが残る。

投資商品としての不動産という考え方

住宅ローンを組み、登記し、維持費を払い続ける不動産は、
ある意味で“長期投資商品”とも言える。

その投資が「成功」だったのか「失敗」だったのかは、
売却時=手放すときに初めて明らかになる。

「価値があると思っていた実家が、実は買い手がいなかった」
そんなケースは少なくない。買ったときには正解でも、
30年後には“負動産”になってしまう可能性もある。

手放せない気持ちとどう向き合うか

良くも悪くも、“親と向き合う”ことになる場所

玄関にある靴箱、庭に植えられた梅の木、台所に置かれたままの鍋――
モノとしての「家」を見ているのではなく、「親という存在」を見てしまう。
だからこそ、合理的に判断できないのが“実家”なのだ。

ポジティブな郷愁を喚起する、親との思い出が詰まった場所であることもあれば
苦い思い出や後悔の念など、過去の親との関係を突きつけてくる場所であることもあるだろう。
いずれにしても、そうした記憶がよみがえることで、片付けも手放すことも難しくなる。

兄弟姉妹の間で温度差がある

「売りたい兄」と「残したい妹」
「使いたい姉」と「無関心な弟」――よくある構図である。

感情の温度差だけでなく、経済状況や家族構成の違いが複雑さに拍車をかける。
話し合いが進まず、感情がこじれていくことで、
“実家”は「過去の象徴」から「争いの象徴」に変わってしまうこともある。

話し合いの前に、まず「このまま話がこじれたら、誰が一番損をするか?」を冷静に想像してみよう。多くの場合、それは自分たち自身だ。大切なのは「正解を出すこと」ではなく、「納得できる落としどころを探ること」だ。

決断のタイミングと進め方

きっかけになる出来事(法事、相続、災害)

なかなか切り出しにくい話も、法事や相続の手続きがきっかけになる。
また、災害や空き巣などの事件が実家を巡って起きると、
「このままではまずい」と家族が行動を始めることもある。

「そろそろ話そうか」――
タイミングは人それぞれだが、「今はまだ早い」と思っているうちは、
“すでに遅れ始めている”ということがほとんどだ。

冷静に判断するためのステップ

  1. 期限を決める:「○年後までに方向性を決める」といった中間ゴールを設定する。
  2. 第三者の視点を取り入れる:不動産会社や相続の専門家の意見は、気づきの種になる。
  3. 専門家を交える:第三者の視点で現実的な選択肢や税務上の影響を示してもらうことで、冷静な話し合いがしやすくなる。
  4. 感情と現実を分けて考える:記憶や思い出は、家やモノとは別の形で残すこともできる。
  5. 部分的な譲歩をする:遺産分割においては、「正論=平等」にとらわれすぎず、たとえば祭祀を担う人に少し多めに配分するなど、家族それぞれの立場や事情に配慮した“相対的なバランス”が納得のカギになることもある。
  6. 話し合いの“場”を設ける:家族間であえて話題に出す機会を作ることが大切。

最後に挙げた、話し合いの“場”を設けることは最も重要であり、本来なら両親の生前に行うべきことでもある。
いずれにしても、それぞれの意見に耳を傾け、なぜそのように考えているのかを共有する時間を持つだけでも、対立の温度は下がるだろう。実家を売りたい人には売りたい事情があり、残したい人には残したい理由がある。お互いの背景に目を向ける気遣いも大切だ。

なお、実家を維持する方向で話がまとまったのであれば、基本的には共有名義を避ける方向で整理する:不動産の扱いは多数決では決まらないため、最終的に一人の名義に集約する方が管理しやすいだろう。(→“それ、やったら揉めます”に事例あり

おわりに:感情と現実の両立をめざす決断とは

実家は、ただの建物ではありません。
そこに宿る思い出や歴史があるからこそ、すぐに手放せないという気持ちはよくわかります。

ですが、不動産には「責任」が伴います。
感情だけで残し続けるには、代償が大きすぎることもあります。

「いつまで残しておくべきか」――
その答えは人それぞれですが、
「どこかで向き合わなければならない問題」であることは確かです。

あなたにとって、実家とは何なのか。
一度、じっくりと考えてみてはいかがでしょうか。

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